[評]絵、話ともに高いレベルで完成された作品です。まず、作品への思い入れや熱意が画面にあふれています。背景や小物、服装など細かいところまで手を抜かず、ていねいに描けています。酒井さんが持つこの作品のイメージを読者に伝えようとする姿勢が伝わります。しかも、それがうるさくないのがいいです。作品を読み進めにくくするほどまでは描きこまず、あくまで話を読者に伝えるときの情報と割り切っているようで、自己満足になっていません。また、登場人物それぞれがどんな人なのかよく伝わります。対照的な性格のアリスと宙はもちろん、脇役まで、会話や行動が描き分けられていてイキイキとリアルに描けています。こういった情報量の多い作品をきちんと32Pにまとめることができていることに、実力を感じます。なにより、この作品の魅力は、宙です。読者が宙を好きになってくるような話が作れています。高校に入って百冊を超えるスケッチブックに絵を描き、画家になって世界を旅するのが夢という宙ですが、その絵は驚くほど下手です。誰が見ても下手なのに、本人は全く気にせず、絵に情熱をそそぎます。その飛びぬけた無邪気さは、アリスの心を変えるのに十分説得力があります。また、下手ながらもかわいげがあり、味のある絵なので、読者が宙に親しみを感じると思います。欲を言えば、なぜアリスがさめているのか、その原因を描いていればよりよかったかもしれません。そうすれば、宙の存在が、その原因からアリスを解放するという、より深い展開にできたと思います。 絵も、きれいに描けていて、文句なしの佳作となりました。酒井さんは、デビューです。これからは雑誌に掲載される作品を描くことになります。その際、トーンの使い方に気をつけましょう。とても上手にたくさんのトーンを駆使して作品を仕上げています。ただ、細かい柄や模様のトーンは、きれいに印刷されないことがあります。印刷されたときのイメージをつかんで原稿を仕上げられれば、よりよくなると思います。 |